3月 07, 2009
oh! pizza ピザ作りに挑戦!!
今度、小学二年生になる息子と、ピザ作りに挑戦しました。
土曜日の就寝前のピロートークで、翌日曜日に「ピザ作りをしよう!」と突発的に口にしてしまったため、夕方4時頃、挙行しました。
まずは、強力粉とイーストとお湯をまぜ、捏ねてこねて、、、
発酵させている間にお風呂にはいり、体が温まったところで、生地も温か・ふっくらと。
息子は「まだ小さいから」と、キッチンでの調理には参加できなかったのですが、このごろは、少しずつ参加してもらうようにしております。
で、いきなりのピザ作り。
彼の友達の中でも、異例のことだろう?(父親の勝手な創造)と少々自慢気味です。
10月 30, 2008
今年参加したお祭り・お神輿
5月
元三島祭礼、浅草三社祭。
6月
荏原神社・海中渡御、鳥越祭、品川神社。
8月
奥多摩白髭神社・獅子舞。
9月
吉祥寺秋祭り。
10月
世田谷・駒留神社。
といった具合です。
過去には、いろいろな神社のお祭りにも出かけていたのですが、最近ではこのくらいのペースとなっています。
品川神社のお祭り サクセス通りで大騒ぎ!
9月 30, 2008
吉祥寺秋祭り 我が神輿ライフの原点
高校生のとき、初めて肩をいれさせてもらった、お神輿ライフの原点の祭礼です。
幼少の頃から慣れ親しんだ町で、どこの祭礼よりも気が落ち着きます。
もう、かれこれ20年は参加しており、ここで知り合い仲良しにしていただいた方、多数いらっしゃいます。
お祭りでは、一年に一度、ここでしか顔を合さない方もいたりして、お顔を見かけないと
「何かあったのかな?」
と心配になったり。。。
それでも元気なお顔を発見すると、握手して再会をよろこんだり。
お祭りが終わった時の、なんだか心寂しいことを知ったのも、吉祥寺のお祭りでした。
20年の年月にはいろいろなことがありまして。
学生の時は、進学で悩みながら担いだり。
社会人なりたてのころは、仕事のウサ晴らしに。
結婚をし、子供を授かり、
家業を継いだり、
両親を亡くしたり。
今では、息子とも一緒に参加し、人の営みは巡りめぐっているんだなぁ、と実感します。
そう、自分の子供の頃を、子守唄代わりに話したりしています。
また、来年。再来年。
学校ではおしえてくれない、人生の社会勉強がお祭りでは学べるんですね。
幼少の頃から慣れ親しんだ町で、どこの祭礼よりも気が落ち着きます。
もう、かれこれ20年は参加しており、ここで知り合い仲良しにしていただいた方、多数いらっしゃいます。
お祭りでは、一年に一度、ここでしか顔を合さない方もいたりして、お顔を見かけないと
「何かあったのかな?」
と心配になったり。。。
それでも元気なお顔を発見すると、握手して再会をよろこんだり。
お祭りが終わった時の、なんだか心寂しいことを知ったのも、吉祥寺のお祭りでした。
学生の時は、進学で悩みながら担いだり。
社会人なりたてのころは、仕事のウサ晴らしに。
結婚をし、子供を授かり、
家業を継いだり、
両親を亡くしたり。
今では、息子とも一緒に参加し、人の営みは巡りめぐっているんだなぁ、と実感します。
そう、自分の子供の頃を、子守唄代わりに話したりしています。
また、来年。再来年。
学校ではおしえてくれない、人生の社会勉強がお祭りでは学べるんですね。
8月 17, 2008
奥多摩・境の獅子舞(白髭神社の獅子舞)
母の生まれ故郷、東京都奥多摩町境の獅子舞。
奥多摩の自然溢れる森の中、白髭神社のお祭りとして、毎年8月16日に執り行われております。
母の実家が古来伝承してきた舞で、母の実家が代々座元を受け継いでおりました。
伝書によれば、寛文元年7月に伝わり、350年もの間、家を開放し神社の大祭につかえておりが、このほど、家の開放もままならず、やむなく氏子皆様のご協力の下、集会所を基点として執り行われることとなりました。
伝書によれば、寛文元年7月に伝わり、350年もの間、家を開放し神社の大祭につかえておりが、このほど、家の開放もままならず、やむなく氏子皆様のご協力の下、集会所を基点として執り行われることとなりました。
そんなことで、母の供養にもと思い、初めてこの「境の獅子舞(白髭神社の獅子舞)」を見物しに行ってまいりました。
当日は朝から快晴で、山の中とはいえジリジリト太陽が照りつけ、汗も玉のように噴出す陽気で、じつにうれしい祭り日和でした。
この母の実家では、母方の長兄の伯父さんが家を守り、本家としての重き役割をになう旧家です。
座元で開放していた家も、立派な日本家屋で、梁や柱も昔サイズのしっかり・ドッシリした造りです。
奥多摩・境へ帰郷しても、今なお「白髭神社」に参拝したことがなく、今年はゼッタイにと勇んで参拝させていただきました。
民家と民家の間を縫うような小道をたどり、昔からの農道ともいえる山間の林を抜け、「むかし道」となづけられた道をそぞろに歩くこと15分ほど、眼前に現れた聳え立つ石段(といっても数十段ですが)を登り、細い岩道をぬけるとたどり着きます。
神社の社殿には、東京都指定天然記念物の「白髭の大岩」があり、まさに覆いかぶさるかの様相をていす迫力で、石灰岩を切り開いた斜面に佇んでいる、まさに「神の住まう聖地」といった具合です。
参拝の最中も汗が止まらないにも関わらず、ここだけが時間が止まっているような不思議な感覚を覚えました。
境内に入り社殿を覗き込むと、偶然にも係りの方からお声をいただき社殿にあがらしてもらいました。
榊をさしあげ儀式とおりに参拝をすませたのですが、うるさいくらい鳴きわたる蝉しぐれも、時計と年月を逆回しにし過去の時代に連れてこられたような、えもいわれぬひと時でした。
この「境の獅子舞(白髭神社の獅子舞)」の特徴というと、各地の「花笠」が四人立ちに対して、「六人立ちの花笠」が特徴です。
また、古式豊かな鹿島流の踊りで、同じ青梅線の沿線、奥多摩地域の「川井」の「八雲神社」とも交流があります。
当日も、「川井」の関係の方も多数お見えになられていて、歴史と尊敬に値する祭礼であると思いました。
しかし、夕方3時を過ぎたあたりから雲行きが怪しくなり、空は一面の鉛色となりポツポツと滴も落ちてくるようになりました。
少しばかりの雨であれば、演じ手の身体も涼しくさせ、また観衆も見やすい気温となったのでしょうが、夕立に発展、大粒の雨が地面に水溜りを作るほどの降りとなってしまいました。
獅子や花笠、そして太鼓は濡れてはいけないので、しばし中断。
それでも年に一度のお祭りと合って、誰一人として帰ろうとはせず、舞の再開を待つ人で集会所はにぎやかでした。
少し止んではまた降って、少し止んではまた降ってを繰り返し、それでもタイミングを見て強行突破!
「獅子」にはシャンプーカバーのごとくビニール袋をかぶされ、「花笠」被りもなしで演目を演じる一コマもありました。
それからも雨脚が強まる中、降り止むまで小一時間を要し、クライマックスの「太刀掛り(千秋楽白刃の舞)」は必ずや!と願う気持ちで望みました。
この「太刀掛り(千秋楽白刃の舞)」は、三頭いる獅子(王太夫、女獅子、中太夫)のうち「女獅子」が主役の演目です。
四方固め、悪魔祓いの舞であり、この世に災難をもたらすすべての悪魔をこの世から追い払う舞であります。
演目中のそれぞれの獅子の掛け合いも見ごたえあり、刃を咥えた獅子をみることのできる、貴重な演目といえます。
このほか、「馬鹿(ばか)」と呼ばれる「道化」に扮した演者たちも現れ、座をにぎやかにする、まさにクライマックスにうってつけの演目です。
一通りの舞が終わる頃には、あたりも日が暮れ、地理的効果も重なって、じつに幻想的なムードが余韻に残ります。
日ごろ「お祭り好き」と称しては、「お神輿担ぎ」に興じていたのは、母の実家での祭礼への畏敬の念からと、少々思いあがったところもあったかと、今年はじめてじっくりと鑑賞したこの「獅子舞」からなのか?と、自戒するところであります。
来年も元気な叔父と叔母、従兄弟の姿を見に、また母方の姉妹兄弟の集まるひと時で、生前の母の気持ちに触れたいと感じました。
そしてなにより、自然豊かな奥多摩という土地と伝統ある芸能をとおして、息子に「何かを感じてもらいたいなぁ」なんて思っております。
奥多摩町役場のホームページはコチラ
参考:
坂本忠著「境白髭神社獅子舞記録保存資料」
多摩信用金庫発刊「多摩ら・び 2006・6」
5月 02, 2008
懐かしの味 スタ丼
さかのぼること20年前に食していた味に再会しました!
都下の高校に通っていたころ、土曜日の昼飯で世話になっていたラーメン屋を思い出します。
初めて口にした時、あまりのニンニクさ加減に脳天に戦慄が走ったこと、店員の兄さん達の、ヤンキーながら気のやさしかったことを、米一粒と真っ黄色の沢庵二切れが、思い出させてくれました。
当時の味を再現していたのには正直ビックリ、今度は生姜丼にチャレンジ。
都下の高校に通っていたころ、土曜日の昼飯で世話になっていたラーメン屋を思い出します。
初めて口にした時、あまりのニンニクさ加減に脳天に戦慄が走ったこと、店員の兄さん達の、ヤンキーながら気のやさしかったことを、米一粒と真っ黄色の沢庵二切れが、思い出させてくれました。
当時の味を再現していたのには正直ビックリ、今度は生姜丼にチャレンジ。
4月 25, 2008
息子が小学生に!
この間まで、ママのオッパイにしがみついていたのに、早いもので小学1年生。自分の頃を思い出そうとしても、断片的であまりよくおもいだせず。。。
保育園の卒園式では、ジ~ンとしてしまいましたが、小学校の入学式では、頼もしく見えて、なんだか胸が温かく感じました。
これからは、父親としてだけでなく人生の先輩としても後姿を見せないといけないな、なんて感傷にふけってしまいます。
いつまで、こんなお茶目をみせてくれるか。
3月 23, 2008
卒園式
涙涙涙でした。それは成長したすがたもさることながら、大きくなってなりたいのは?の発表のとき
「プロレスラー」
??
満場一致、笑い声
家系には前例がなく冷や汗と涙笑いと、卒園の成長をうれしく思う親心の涙、涙、涙、でした


